Column
人妻援護会コラム

2025

07.10

Thu

日刊デリヘル経営・援護会コラム『江戸の風俗 べらぼう〜一に顔、二に床、三に手』
「女郎が感じるのは恥」——感じてしまうと妊娠してしまう、と言われていた江戸時代の吉原にとって、女郎は「嘘をつく」ようにしつけられていました。

彼女たちは感じないように、努力しつつ、お客様には感じているふりをしたものです。
彼女たちは、「幻想を売る」「借金を返す」「次の指名を得る」という三つの目的を同時に果たすために、戦略的に働いていました。
そんな遊女たちの心得を、簡潔に表した言葉が「一に顔、二に床、三に手」というもの。
今回は、『一に顔、二に床、三に手』の解説をしていきましょう。
〇一に顔──見た目は武器にして看板
まず第一の「顔」。言うまでもなく、これは美貌のことです。
遊女の世界は、見世に並んだ際、いかに最初の一瞥で客の心を射止めるかが勝負の分かれ目でした。肌の手入れはもちろんのこと、白粉の塗り加減、眉の形、目線の使い方、打掛のさばき方に至るまでが演出であり、計算され尽くした商品設計だったのです。

とはいえ、美しさは時とともに色褪せていきます。そのため、より深い勝負が求められるのが、次なる「床」と「手」でした。
〇二に床──“感じない”ことが一流の証
「床」とは、寝床での振る舞い、つまり性の技術を意味します。
現代と異なるのは、遊郭では「女郎が感じるのは恥」とされていた点。感じてしまえば、身も心ももたぬ――そのように教え込まれていただけでなく、当時は「性交で絶頂を迎えた遊女は妊娠する」という俗信も流布しており、遊郭側も遊女を感じにくくするよう指導していたそうです。

とはいえ、不感症の女性を抱いてもお客さんががっかりしてしまうので、遊女たちは布海苔(ふのり)を煮詰めて粘りを出し、陰部に塗ることで“潤い”を演出したり、ふやかした高野豆腐を膣内に仕込み、男根を締め付ける感触を偽装するといった工夫をしていました。
〇三に手──最も深い“手練手管”の世界
最後に「手」。ここで言う“手”とは、手先の技だけではなく、手練手管──すなわち、駆け引きの巧みさや情の演出を含めた総合技術を意味します。
たとえば、行為の最中には息を荒くし、髪を振り乱し、声を震わせて、あたかも感じ入っているように装う。それが客の満足度を高め、再訪を促す手法でした。

また、遊女たちは読み書きの能力を身につけ、夜が明ける前には礼状を用意していました。

「昨夜は寒うございましたが、お風邪など召されておりませんか」
「昨晩は夢のようで、またお会いしたく存じます」

そのように丁寧な文をしたためて、まだ温もりの残るうちに客の心に訴えかける。中には、季節の行事に合わせた衣装の新調や、禿(かむろ)・新造への祝儀をやんわりと無心する文面も多くございました。
〇さいごに・誰袖という女──虚実の狭間に生きた花
大河ドラマ「べらぼう」にも登場する大文字屋の花魁・誰袖(たれそで)も、そうした虚実の世界に生きたひとりでした。
彼女の巧妙な演技は、花魁の鑑といわれるにふさわしいものだったと伝えられています。
吉原は、ウソをつかなければ生き延びられぬ場所。けれど、そのウソは決して下劣なものではなく、客の幻想を壊さないための夢のようなものでした。

現代の私たちも、恋愛や仕事の中で少しだけ自分をよく見せる工夫をすることがありませんか。それは、吉原の遊女たちに通じる、生き抜くための知恵なのかもしれません。
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