オランダの首都アムステルダム。
チューリップ、風車、運河、そして…紳士の皆さんが連想するのは、「飾り窓」ではないでしょうか。
アムステルダムの飾り窓が密集する売春地帯（Red Light District）は、観光ガイドブックを開けば必ず載っている名所スポットです。

他の都市なら「触れてはいけない裏通り」として伏せられる場所が、この街では「ぜひ立ち寄りたい観光名所」として紹介されている。まさに風俗が“文化資源”として成立している、世界的にも珍しいケース。
今回は、そんなアムステルダムの観光スポット……レッドライト・ディストリクトをご紹介します。

アムステルダムにおける「飾り窓（window prostitution）」とは、運河沿いや路地に面したガラス張りの小部屋に、売春婦が立って客を呼び込むスタイルの売春業を指します。
客は窓越しに対面して交渉をし、合意すれば小部屋に入ってサービスを受ける、という形式が一般的。ガラスの向こうに赤いライト（赤灯）がともされていることがトレードマークで、これが「レッドライト・ディストリクト（赤線地帯）」の名の由来にもなっています。

この形式は中世の港町文化に由来するといわれています。船乗りが港に着くと、売春婦が赤いロウソクを窓辺で灯し、合図としたという逸話から、との説も。

現在、最大の地区「De Wallen（デ・ワレン）」には300近い窓が並び、観光客の定番散策ルートになっています。夜に歩けば、妖しく光る赤い窓の列が水面に反射し、まさにアムステルダムを象徴する景観のひとつとなります。

今やレッドライト・ディストリクトは単なる歓楽街ではなく、教育的な観光ツアーが成立しているのが特徴です。
「なぜオランダでは性労働が合法なのか」「飾り窓の仕組み」「性労働者の権利」――など、ガイドの解説を受けながら、観光客は夜の街を歩きます。
とはいえ、写真撮影は厳禁。これはプライバシーを守るためのルールで、破ればカメラが壊されることすらあるとか。

一方で、「レッドライト・ディストリクト」は、観光資源といえば聞こえはいいですが、実際には「観光公害」も深刻です。週末の夜には酔っ払いと好奇心いっぱいの若者が押し寄せ、静かに暮らしたい住民にとっては大迷惑なのだそう。
市は対策として、窓の数を減らす再開発や、観光客の深夜制限を導入するなど調整を続けています。

観光名所としてあけっぴろげなアムステルダムですが、日本人の感覚とはかなり違うなと思いますよね。
日本の風俗といえば、入口は路地裏などで、暖簾の向こうは薄暗い……つまり「見えない」ことが前提でした。

その背景には、売春防止法や社会的タブー意識があります。性風俗は「公に語られないもの」「裏側に隠すもの」として処理されてきました。
一方のオランダは、2000年に売春を合法化し、制度の下で管理・課税することを選びました。だからこそ、街の中心で赤い窓が光り、人々が普通に観光ツアーを楽しめるのです。
同じ性労働でも、文化と法制度の違いが都市景観そのものを変えてしまうというわけですね。

アムステルダムのレッドライト・ディストリクトは、ただの夜の街ではありません。
赤い窓は、観光客の好奇心を満たす“名物”であると同時に、「性をどう社会に位置づけるか」という問いを突きつけてきます。
隠す日本、見せるオランダ。
どちらが正しいという話ではなく、都市と文化がどう性を扱うかの違い。

旅行者として歩けば、そのコントラストが何より面白く目に映ります。
そして、赤い光に照らされた窓辺を見上げるとき、“風俗の観光化”という矛盾に満ちたユニークな都市実験に立ち会っているのだと我々は気づかされるのです。